「最も研究されたプロバイオティクス」と呼ばれる菌がある。Lactobacillus rhamnosus GG——通称LGG。1985年にヒトの腸から分離され、分離した研究者GorbachとGoldinの頭文字が「GG」の由来だ。世界中で数百を超える試験が行われてきたこの株には、ひとつの定評があった。「腸によく付着する」。だが、なぜ付着できるのか——その分子的な答えは長く謎のままだった。
その謎に切り込んだのが、Kankainenらが2009年に PNAS に発表したゲノム比較研究だ。LGGの全ゲノムを解読し、よく似た近縁株と並べてみることで、LGGだけが持つ「付着装置」を浮かび上がらせた。本稿はこの一本を読み解く。
TL;DR
- LGG(Lactobacillus rhamnosus GG)は世界で最も研究されたプロバイオ株のひとつで、「腸への付着性」が定評だった。
- Kankainenら(2009)はLGGの全ゲノム(約3.0Mbp)を解読し、粘液への結合が弱い近縁株LC705と比較した。
- LGGだけが持つ遺伝子島に、ピリ(線毛)をつくるspaCBA遺伝子群を発見した。
- ピリ先端のSpaCタンパク質がヒト腸粘液に直接結合し、SpaC遺伝子を壊すと付着能が失われた。
- 「付着できる」という観察に、分子レベルの仕組みを与えた研究。ただし付着と永続的定着は別物である。
土の中で、根に「つかまる」微生物がいる。LGGが腸でやっていることも、構造的にはよく似ている。本稿の最後で、その共通原理に立ち返りたい。
なぜゲノムを「比較」したのか
Kankainenらの戦略の核心は、比較にある。LGGのゲノムだけを眺めても、どの遺伝子が「付着」という性質を生んでいるのかは見えにくい。そこで彼らは、LGGと非常によく似たゲノムを持ちながら、粘液への結合が弱い近縁株 L. rhamnosus LC705(チーズ製造に使われる株)を比較対象に選んだ。
ほぼ同じ設計図を持つ二つの株。だが片方はよく付着し、片方は付着しにくい。だとすれば、その差を生む遺伝子は、両者のゲノムの「違い」の中にあるはずだ——この発想で、研究者はゲノムの差分を精査した。
見つかった「LGG固有の島」
ゲノムを比較すると、LGGには持っていてLC705には欠けている領域がいくつか見つかった。なかでも注目されたのが、ある遺伝子の「島(island)」だ。
この島には、細胞外に分泌されるピリンと呼ばれるタンパク質3種(SpaA・SpaB・SpaC)をコードするspaCBA遺伝子群と、それらを菌体表面に連結する専用の酵素(ソルターゼ)の遺伝子が並んでいた。ピリンとは、ピリ(線毛)を組み立てる部品タンパク質のことだ。
つまりLGGは、LC705にはない「ピリをつくるための遺伝子一式」を持っていた。これが付着性の差を説明する最有力候補となった。
ピリ(線毛)という付着装置
ピリ(線毛)は、細菌の表面から毛のように突き出るタンパク質の繊維だ。病原菌の世界では、宿主の細胞や組織にしがみつくための「アンカー(錨)」としてよく知られている。Kankainenらは免疫金電子顕微鏡という手法で、LGGの菌体表面に実際にピリ状の構造が生えていることを確認した。
重要なのは、その構造の先端に位置するタンパク質だった。3種のピリンのうちSpaCが、ピリの先端付近に配置されていた。先端にあるということは、菌が腸の表面に近づいたとき、最初に接触する「手」の役割を担いうるということだ。
鍵を握るSpaC——粘液に結合する「手」
研究の決定打は、SpaCの機能を直接調べた実験にある。
第一に、精製したSpaCタンパク質はヒト腸粘液に直接結合した。第二に、SpaCに対する抗体(抗血清)を加えると、LGGの粘液への付着が妨げられた。そして第三に、spaC遺伝子を不活化した変異株では、粘液への付着がほぼ失われた。
三方向からの証拠は同じ結論を指す——LGGがヒト腸粘液に付着するうえで、SpaCの存在が不可欠である。論文は、このSpaCBAピリこそが、LGGが近縁株より腸管に長くとどまれることの分子的な説明だと位置づけた。プロバイオティクスとして使われる乳酸菌で、こうした粘液結合ピリが示されたのは当時として新しい知見だった。
「付着」と「定着」を混同しない
ここで一歩立ち止まりたい。ピリで腸粘液に付着できるなら、LGGは腸に「住み着く」のだろうか。
答えは慎重であるべきだ。付着しやすいことと、永続的に定着することは別の話である。プロバイオティクスの多くは、摂取をやめれば腸から徐々に消えていくことが知られている。SpaCBAピリは、LGGが腸を通過するあいだに粘膜とより良く接触し、近縁株より長くとどまる助けになると考えられるが、永住を保証するものではない。定着の度合いには大きな個人差もある。
ピリは「住民票」ではなく、「滞在中により深く腸に触れるための装置」と理解するのが、この論文の射程に忠実だ。LGGの健康への寄与そのものは株・用途ごとに研究段階が異なり、本稿はあくまで付着の仕組みに焦点を当てている。
土壌のアナロジー
「微生物が宿主の表面につかまる」——この現象は、土の中でこそ雄弁だ。
植物の根の周り(根圏)では、無数の細菌が根の表面に付着しようと競い合う。たとえば植物の成長を助ける根圏細菌は、線毛や付着タンパク質、菌体外の多糖類を使って根の表面に固着し、そこにバイオフィルムを形成する。根にしっかり「つかまれる」かどうかが、その菌が根圏に定着し、植物に作用を及ぼせるかどうかの分かれ目になる。付着できない菌は、水とともに流れ去ってしまう。
LGGのSpaCBAピリは、腸という「内なる土壌」で同じことをやっている。腸の粘液層は、いわば根の表面に相当する界面だ。そこにピリの先端でつかまれるからこそ、LGGは流されずに、より長く宿主と関わることができる。付着装置を持つ微生物が、界面にとどまり、作用する——この原理は、根圏でも腸管でも変わらない。
だが土壌生態学が教えるもうひとつの教訓も忘れてはならない。一株の優れた微生物を導入できても、それが永続的に居つき、生態系を変えるとは限らない。土でも腸でも、本当に効くのは多くの場合、もともと住む多様な微生物を養うことだ。LGGという「よくつかまる一株」の研究は、付着の分子機構を見事に解いたが、それは生態系全体の物語の一章にすぎない。Soil = Gut——つかまる仕組みを知ることと、生態系を耕すことは、別々の、しかし地続きの知恵である。
まとめ:観察に仕組みを与えた一本
Kankainenら(2009)は、「LGGはよく付着する」という長年の経験的観察に、ゲノムと分子の言葉で答えを与えた。鍵はLGG固有の遺伝子島が生むSpaCBAピリであり、その先端のSpaCがヒト腸粘液に結合する。SpaCを失えば付着も失われる——この明快な因果が、プロバイオティクス研究の到達点のひとつとなった。
同時にこの研究は、私たちに節度ある読み方も促す。付着は定着ではなく、付着の仕組みが分かったからといって、その菌が万人の腸を作り変えるわけではない。微生物が界面につかまる巧みさに感嘆しつつ、生態系全体を養うという、より大きな視点を手放さない。土を耕すように、腸も耕す——その姿勢で、この一本を本棚に加えたい。
本稿は科学的知見の紹介であり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的とするものではありません。健康上の懸念がある場合は医療専門職にご相談ください。
出典
- Kankainen M, Paulin L, Tynkkynen S, von Ossowski I, Reunanen J, Partanen P, et al. 2009. Comparative genomic analysis of Lactobacillus rhamnosus GG reveals pili containing a human-mucus binding protein. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 106(40):17193–17198. DOI: 10.1073/pnas.0908876106 / PMID: 19805152
よくある質問
- Lactobacillus rhamnosus GG(LGG)とは何ですか?
- LGGは1985年にヒト由来で分離され、研究者GorbachとGoldinの頭文字から命名された乳酸菌の一株です。世界で最も多くの臨床試験・基礎研究が行われたプロバイオ株のひとつとされ、抗菌薬関連下痢や小児の急性下痢などで研究があります。Kankainenら(2009)はこの株の全ゲノム(約3.0Mbp)を解読し、なぜLGGが腸に付着しやすいのかという長年の問いに分子的な手がかりを与えました。効果は株・用途ごとに異なるため、本稿は付着の仕組みに焦点を当てています。
- 「SpaCBAピリ」とはどんなものですか?
- ピリ(線毛)は細菌の表面から毛のように突き出るタンパク質の繊維で、宿主の組織に付着する役割を担います。LGGのピリはspaCBAという3つの遺伝子がコードする3種のタンパク質(SpaA・SpaB・SpaC)からなり、専用の酵素(ソルターゼ)が連結して組み立てます。Kankainenら(2009)は電子顕微鏡でこのピリを観察し、先端にあるSpaCがヒト腸粘液に直接くっつくことを示しました。乳酸菌でこうした粘液結合ピリが見つかったのは当時として新しい発見でした。
- ピリがあれば腸に定着して住み着くのですか?
- 付着しやすいことと永続的に定着することは別の話です。SpaCBAピリはLGGが腸粘液に結合し、近縁株より長くとどまる助けになると考えられていますが、多くのプロバイオティクスと同様、摂取をやめれば徐々に腸から消えていくとされます。ピリは『腸を通過するあいだ、より良く粘膜に触れられる』ための装置と理解するのが妥当で、永住を保証するものではありません。定着の度合いには大きな個人差もあります。