TL;DR
- 私たちが食事から摂るビタミンB群(B1・B2・B6・B12・葉酸など)の一部は、腸内細菌も作っている。
- 256種の腸内細菌のゲノムを調べると、8種のB群ビタミンそれぞれを合成できる菌は**全体の約40〜65%**にとどまった(最多はリボフラビン65%、最少はビオチン40%)。
- 作れない菌と作れる菌が補い合う逆相関のパターンが10組見つかり、作れない菌は近くの菌からもらって生きている可能性が示された(クロスフィーディング)。
- つまりビタミン合成は1種類の菌の能力ではなく、菌どうしが分業して支え合う群集の機能(Magnúsdóttir et al. 2015, Frontiers in Genetics)。
- どれだけ吸収・利用されるかは研究段階。食事からの摂取が基本という位置づけは変わらない。
畑の養分は、たった1種の微生物が全部まかなっているわけではない。窒素を固定する菌、リンを溶かす菌、有機物を分解する菌——役割の違う微生物が分業し、互いの産物を融通し合って土の肥沃さを支えている。腸の中のビタミン合成も、これとよく似た「群集の分業」だった。
私たちは食事以外からもビタミンを得ている
ビタミンB群やビタミンKは、基本的には食事から摂る微量栄養素だ。だが古くから、腸内細菌の一部がこれらのビタミンを作り、宿主であるヒトがその一部を利用している可能性が指摘されてきた。
この研究(Magnúsdóttir S, Ravcheev D, de Crécy-Lagard V, Thiele I、2015年、Frontiers in Genetics)は、その「誰がどのビタミンを作れるのか」を、ヒト腸内に共通して見られる256種の細菌のゲノムを一気に調べることで体系的に明らかにしようとした。
8種のB群ビタミンを「作れる菌」はどれくらい?
研究チームは、8種のB群ビタミン——ビオチン、コバラミン(B12)、葉酸、ナイアシン、パントテン酸、ピリドキシン(B6)、リボフラビン(B2)、チアミン(B1)——について、合成に必要な遺伝子(経路)がゲノムに揃っているかを調べた。
結果、各ビタミンを合成できる菌は**全体の約40〜65%**だった。最も多くの菌が作れたのはリボフラビン(B2)で約65%、ナイアシンが約63%と続き、最も少なかったのはビオチンで約40%。
つまり、どのビタミンについても「作れる菌は半分前後、作れない菌も半分前後」という構図だ。腸内細菌叢は「全員がビタミン工場」なのではなく、作れる菌と作れない菌が混在する集団だと分かる。
作れない菌は、作れる菌からもらって生きている
ここで重要なのが、作れない菌(栄養要求性=オーキソトロフ)はどうやって生きているのか、という問いだ。
研究チームは、ある合成経路を持つ菌と持たない菌が補い合う「逆相関のパターン」を10組見つけた。片方のゲノムにある経路が、もう片方では欠けている——そうした相補的な関係である。
これは、作れない菌が、近くで作れる菌が放出したビタミンを受け取って生き延びている可能性を示す。栄養を融通し合うこの仕組みを**クロスフィーディング(cross-feeding)**と呼ぶ。論文の表題が示す「co-operation among gut microbes(腸内細菌どうしの協働)」とは、まさにこのことだ。
ビタミン合成は「群集の機能」である
この研究から見えてくるのは、ビタミン合成を1種類の菌の性質として見るのではなく、群集全体の機能として捉える視点だ。
ある菌がB12を作り、別の菌がそれを受け取って葉酸を作り、また別の菌がそれを使う——こうした分業と融通の網の目が成り立っているとき、群集は単独の菌よりも効率よく、安定して微量栄養素を回せる。多様な菌が揃っているほど、この相互補完の網は密になりやすい。
逆に言えば、菌の多様性が乏しく特定の菌に偏った腸内環境では、この融通の網が痩せる可能性がある。多様性が機能の安定につながる、という生態学の基本がここにも当てはまる。なお本研究はゲノム上の合成能を調べたもので、実際の産生量やヒトの吸収・利用量までは測っていない点には注意が必要だ。
ビタミンKという補足線
この研究が直接扱ったのはB群8種だが、腸内細菌が作る微量栄養素として並んで語られるのがビタミンK、とくにメナキノン(ビタミンK2)だ。大腸菌やバクテロイデスなど一部の腸内細菌がメナキノンを作ることが知られ、こちらでも、合成経路の一部を欠く菌が他菌の作るメナキノンを「成長因子」として利用するクロスフィーディングが報告されている。
B群でもKでも、構図は同じだ——微量栄養素は、菌どうしが作り、分け合い、回している。ただし腸内合成がヒトの必要量にどこまで寄与するかは栄養素ごとに差があり、なお検討が続く領域である。
土壌のアナロジー
健康な土の肥沃さは、たった1種のスーパー微生物が支えているのではない。空気中の窒素を取り込む根粒菌、リン酸を溶かして植物が使える形にする菌、落ち葉やセルロースを分解する菌——役割の違う微生物が分業し、互いの産物を次の菌へと渡していく。この物質の受け渡しの網(栄養カスケード)こそが、土の養分循環の正体だ。
そして単一栽培で土の微生物多様性が痩せると、この受け渡しの網がほつれ、特定の養分が回らなくなる。だから農家は輪作やカバークロップで微生物の顔ぶれを保とうとする。
腸内のビタミン合成も、まったく同じ論理で動いていた。作れる菌と作れない菌が混在し、作れない菌は作れる菌からもらう。多様な菌が分業し融通し合うことで、群集としてビタミンを安定供給する。土を耕すように腸を耕すとは、特定の「ビタミン産生菌」だけを増やすことではなく、この分業の網を支える多様性そのものを養うこと——この研究は、その視点を遺伝子のレベルから裏づけている。
出典
- Magnúsdóttir S, Ravcheev D, de Crécy-Lagard V, Thiele I. Systematic genome assessment of B-vitamin biosynthesis suggests co-operation among gut microbes. Frontiers in Genetics. 2015;6:148. doi:10.3389/fgene.2015.00148(PMID: 25941533)
- 256種のヒト腸内細菌ゲノムを対象に、8種のB群ビタミン(ビオチン・コバラミン・葉酸・ナイアシン・パントテン酸・ピリドキシン・リボフラビン・チアミン)の合成経路を体系的に評価した原著研究。各ビタミンを合成できる菌は約40〜65%にとどまり、合成経路の有無に10組の逆相関パターンが見られたことから、菌どうしのクロスフィーディング(栄養の融通)と協働が示唆された。
本記事は科学的知見の紹介を目的とし、特定の疾患の予防・診断・治療を保証するものではありません。ビタミン欠乏や体調に不安がある場合は医療機関にご相談ください。
よくある質問
- 腸内細菌はビタミンを作るのですか?
- はい。この研究は256種の腸内細菌のゲノムを調べ、ビオチン・コバラミン(B12)・葉酸・ナイアシン・パントテン酸・ピリドキシン(B6)・リボフラビン(B2)・チアミン(B1)の8種のB群ビタミンについて、合成に必要な遺伝子が揃っているかを評価しました。各ビタミンを作れる菌は全体の約40〜65%でした。ただし腸内合成が私たちの必要量をどこまで満たすかは未確定で、食事からの摂取が基本という位置づけは変わりません。
- ビタミンを作れない菌はどうやって生きているのですか?
- この研究は、あるビタミンの合成経路を持つ菌と持たない菌が補い合う『逆相関のパターン』を10組見つけました。作れない菌は、近くの作れる菌が放出したビタミンを受け取って生きている可能性が示唆されます。これをクロスフィーディング(栄養の融通)と呼びます。ビタミン合成は1種類の菌の能力というより、菌どうしが分業して支え合う群集全体の機能だと考えられます。
- この研究は『腸活でビタミンが増える』と保証していますか?
- いいえ。これはゲノム上に合成遺伝子があるかを調べた解析で、実際にどれだけのビタミンが作られ、人の体にどれだけ吸収・利用されるかまでは測っていません。腸内合成の寄与量や、特定の食品・菌で体内ビタミンが増えるかは研究段階です。本記事は菌どうしの協働という仕組みの紹介であり、欠乏症の予防や治療を保証するものではありません。