TL;DR
- 腸の住人は細菌だけではない。カビや酵母(真菌)の集まり=マイコバイオームも常在する。
- 量は細菌の数百分の一以下と微量だが、宿主免疫や細菌叢と相互作用する。
- 代表は Candida・Saccharomyces・Malassezia など。食事や年齢で構成が変わる。
- 炎症性腸疾患(IBD)などで真菌構成の変化が報告されるが、因果は研究段階。
- Richard & Sokol 2019の総説(Nat Rev Gastroenterol Hepatol)が、解析法・環境相互作用・疾患との関わりを整理。
- 土壌でも菌類(糸状菌)は細菌より少数ながら生態系の鍵を握る——腸の真菌も同じ構図で読める。
畑の土を顕微鏡で覗くと、細菌だけでなく菌類(糸状菌)の菌糸が網目状に走っている。数では細菌に遠く及ばないが、糸状菌は土の団粒構造を作り、養分のネットワークを張りめぐらせる、欠かせない住人だ。腸も同じだ。腸内微生物の主役は細菌だが、その陰にもう一つの王国——真菌(カビ・酵母)が常在している。それが「マイコバイオーム」である。
マイコバイオームという見落とされてきた住人
腸内微生物の研究は、長らく細菌に集中してきた。理由は単純で、真菌は数が少ないからだ。腸内に棲む真菌は、細菌の数百分の一以下とされるごく微量な存在で、量だけ見れば脇役にすぎない。
しかしこの総説(Richard ML, Sokol H、2019年、Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology)は、その「脇役」が宿主の免疫や細菌叢と相互作用し、健康と病態に関わりうる存在であることを、数少ない一次研究を丁寧に束ねながら描き出す。微量であることと、重要でないことは、別の話なのだ。
誰が棲んでいるのか — Candida、Saccharomyces、Malassezia
健常な人の腸で繰り返し検出される真菌として、総説は Candida、Saccharomyces、Malassezia といった属を挙げる。Saccharomyces cerevisiae はパンやビールの酵母としても知られ、食事由来の真菌が一時的に検出されることもある。
重要なのは、これらの真菌の構成が食事・年齢・宿主の状態によって変動する点だ。固定的なメンバーリストがあるわけではなく、環境とともに揺れ動く動的な集団として捉える必要がある。なお、ここで名前の挙がる Candida などは健常な腸にも常在しており、検出されること自体が異常を意味するわけではない。
解析の難しさ — なぜ真菌は調べにくいのか
真菌が見落とされてきたもう一つの理由は、解析手法の壁だ。細菌は16S rRNA遺伝子という共通の「目印」で種類を調べられるが、真菌ではITS(internal transcribed spacer)領域などを使う必要がある。さらに、検出結果を照合する参照データベースの整備も、細菌に比べて遅れてきた。
総説は、こうした手法のばらつきが研究間の比較を難しくしてきたと指摘し、解析の標準化の必要性を強調する。土壌微生物の研究でも、培養できない菌をどう測るかが長年の課題だったのと同じ構図だ。「見えにくいものは、見落とされる」——測定の限界が、知識の限界を作ってきた。
細菌と真菌は無関係ではない
マイコバイオームを単独で見るだけでは不十分だ、というのもこの総説の重要な論点だ。腸の中で真菌と細菌は別々に暮らしているのではなく、互いに影響し合う関係にある。抗生物質で細菌が減ると真菌が増えやすくなる、といった現象は、両者が同じ生態系の構成員であることを示す。
宿主の免疫系も、真菌の細胞壁成分(β-グルカンなど)を認識する受容体を備えており、真菌は免疫応答の引き金にもなりうる。つまりマイコバイオームは、「細菌叢 × 真菌叢 × 宿主免疫」という三者の相互作用の中に位置づけて理解すべき、というのが総説の立場だ。
疾患との関わり — IBDを中心に、しかし慎重に
総説は、消化器疾患、とりわけ炎症性腸疾患(IBD:クローン病・潰瘍性大腸炎)における真菌構成の変化を整理する。一部の研究では、IBD患者で特定の真菌の比率が変化することが報告されている。
ただし射程には注意が要る。こうした変化が病気の原因なのか、それとも炎症の結果として生じた二次的な変化なのかは、まだ確定していない。総説自身も、関連の報告と因果の証明を慎重に区別している。腸内真菌と疾患の関係は、関連が見え始めた段階であり、「真菌が病気を起こす」「真菌を叩けば治る」といった断定ができる段階ではない。本記事も同じ姿勢で、関連の段階の知見として紹介する。
土壌のアナロジー
土の中で、糸状菌(カビの仲間)は細菌より数こそ少ないが、生態系の要を担う。菌糸が土の粒子を結びつけて団粒構造を作り、植物の根と菌根を介して養分をやりとりし、有機物の分解では細菌が苦手とする硬い物質(リグニンなど)を引き受ける。細菌と菌類は役割を分け合い、両者がそろってはじめて健全な土が成り立つ。
腸のマイコバイオームも、これと驚くほど似た位置にある。数では細菌に遠く及ばないが、細菌叢や宿主免疫と相互作用し、生態系全体のバランスに関わる。そして土の研究者が長く「細菌ばかり見て菌類を見落としていた」のと同じく、腸の研究も真菌という住人を後回しにしてきた。
土を診るとき、細菌だけでなく菌類のバランスまで見てはじめて全体がわかる。腸も同じだ。マイコバイオームは、腸という生態系を「細菌だけの世界」として描いてきた地図に、もう一枚の層を描き加える。Soil=Gutの相似は、細菌の階層を越えて、真菌の階層にも貫かれている。
出典
- Richard ML, Sokol H. (2019). The gut mycobiota: insights into analysis, environmental interactions and role in gastrointestinal diseases. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology, 16(6), 331–345. DOI: 10.1038/s41575-019-0121-2 / PMID: 30824884
※本記事は学術総説の紹介であり、特定の食品・サプリメント・治療法の効果を保証するものではありません。腸内真菌と健康・疾患の関係の多くは研究段階の知見です。健康上の判断は医療専門職にご相談ください。
よくある質問
- マイコバイオームとは何ですか?
- 腸内に常在する真菌(カビや酵母)の集まりを指します。腸内微生物の研究は長く細菌が中心でしたが、真菌も微量ながら一貫して存在します。代表的なのはCandida、Saccharomyces、Malasseziaといった属で、食事・年齢・宿主の状態によって構成が変動します。細菌に比べると数は桁違いに少ないものの、宿主の免疫や細菌叢と相互作用するため、無視できない構成員と考えられています。
- 腸内真菌は体に悪いものですか?
- 一概に善悪では分けられません。Candida albicansのように環境次第で病原性を示しうる真菌もありますが、健常な腸にも真菌は常在しており、それ自体が異常を意味するわけではありません。問題になるのは、抗生物質や免疫の状態などで真菌と細菌のバランスが崩れたときとされます。炎症性腸疾患(IBD)では真菌構成の変化が報告されていますが、原因か結果かは研究段階で、断定はできません。
- なぜこれまで腸内真菌は注目されてこなかったのですか?
- 二つの理由があります。第一に、真菌は腸内微生物全体のごく一部(細菌の数百分の一以下とされる)で、量的に見落とされやすかったこと。第二に、解析手法の問題です。細菌は16S rRNA遺伝子で調べますが、真菌はITS領域などを使う必要があり、参照データベースの整備も遅れていました。総説は、こうした解析上の課題と標準化の必要性を強調しています。