TL;DR
- ブロッコリーなどアブラナ科野菜の有効成分は、そのままでは効かない「前駆体」グルコシノレートとして存在する。
- 活性型のイソチオシアネート(スルフォラファンなど)に変換されて初めて働くとされる。
- 生で噛むと植物の酵素ミロシナーゼが変換するが、加熱調理するとこの酵素は失活する。
- そのとき腸内細菌 Bacteroides thetaiotaomicron が変換を肩代わりできる。Liouら2020(Cell)はその遺伝子経路(BT2156–BT2160オペロン)を特定した。
- 健常者の4割超に同様の遺伝子クラスターがあり、変換効率には個人差が大きい。
「効く成分」は最初から効く形では入っていない
ブロッコリーやケール、キャベツ、ワサビ、マスタード。これらアブラナ科(Brassica)の植物には、独特の辛みや香りのもとになるグルコシノレートという硫黄を含む化合物が豊富に含まれている。
ところが、グルコシノレートそのものは不活性だ。健康との関連でしばしば話題になる活性物質——たとえばブロッコリー由来のスルフォラファン——は、グルコシノレートが酵素で分解されて初めて生まれる。いわば、野菜は「火をつける前の燃料」と「点火装置」を別々に持っている。植物の細胞が傷つくと両者が出会い、活性型のイソチオシアネートに変換される仕組みだ。
この点火装置にあたる植物側の酵素がミロシナーゼである。生のブロッコリーをよく噛んだときに辛みが立ち上がるのは、まさにこの反応が起きているからだ。
加熱すると「点火装置」が壊れる
問題は、ミロシナーゼが熱に弱いことだ。野菜をしっかり茹でたり炒めたりすると、この酵素は失活してしまう。すると燃料(グルコシノレート)は残っても、それを活性物質に変える装置が働かない。
ここで登場するのが腸内細菌である。ヒト自身はグルコシノレートを活性化する酵素を持たないとされるが、一部の腸内細菌はそれができる。つまり、植物の点火装置が壊れていても、腸の中の微生物が代わりに点火してくれる可能性がある——この現象自体は以前から観察されていたが、「どの細菌が、どの遺伝子で」担っているのかは長く不明だった。
Liou 2020 が特定した細菌の変換経路
スタンフォード大学のCatherine S. Liouらは2020年、Cell 誌で、ヒト腸内の主要な常在菌 Bacteroides thetaiotaomicron がこの変換を担うことを分子レベルで示した。
研究チームはゲノム全体を網羅するトランスポゾン挿入スクリーニング(遺伝子を一つずつ壊して機能を調べる手法)を使い、グルコシノレート代謝に必要な遺伝子の一群=オペロンを見つけた。報告によれば、このオペロンには2つの酸化還元酵素(BT2158・BT2159)、グリコシド加水分解酵素(BT2157)、糖のエピメラーゼ/イソメラーゼ(BT2156)が含まれ、転写制御因子BT2160の支配下にある。
決め手は遺伝子の「移植実験」だった。本来グルコシノレートを代謝しない近縁種 Bacteroides fragilis にBT2159–BT2156を導入したところ、変換能を新たに獲得した。逆にBT2157を欠損させた菌を単独定着させたマウスでは、消化管内のイソチオシアネート産生が低下した。特定の遺伝子群がこの働きの正体であることが、足し算と引き算の両面から裏づけられたわけだ。
さらに健常者の便サンプルと公開ゲノムデータを調べると、この遺伝子クラスターは調べた個人の4割超で見つかった。腸内細菌がブロッコリーを「活性化」する能力は、決して例外的なものではないことになる。
土壌のアナロジー: 肥料は微生物が「効く形」に変える
この話は、土壌で起きていることとよく似ている。
畑にまく肥料の多くは、植物がそのまま吸える形では存在しない。たとえば有機質肥料や落ち葉に含まれる窒素は、植物の根が直接利用できない。土壌微生物が分解・変換(アンモニア化や硝化)して、はじめて植物が吸収できる「効く形」になる。土の微生物は、原料を作物が使える養分へと橋渡しする変換装置なのだ。
腸の中でも同じ構図が成り立つ。野菜に含まれるグルコシノレートは、いわば「まだ効く形になっていない原料」だ。植物の酵素(ミロシナーゼ)が壊れていても、腸内細菌 B. thetaiotaomicron が変換装置として働き、活性型のイソチオシアネートに仕上げる。
土の微生物相が貧弱だと肥料が活きないように、腸内細菌の構成しだいで同じ野菜から得られる活性物質の量は変わりうる——というのが、この研究から自然に導かれる見方だ。土をメンテするように腸をメンテするという発想が、ここでも具体的な分子の話として立ち現れる。
何が言えて、何が言えないか
注意したいのは、この研究が示したのは「変換の仕組み」であって、「アブラナ科野菜が病気を治す・効く」ことではない点だ。アブラナ科野菜の摂取と一部のがんリスク低下との関連を示す疫学研究は存在するが、それらは関連の段階にとどまり、本研究はその背後にありうる機序の一端を解明したものと位置づけるのが正確だ。
実践的に言えることは控えめだ。生のアブラナ科野菜(刻んだ生キャベツ、ルッコラ、ワサビなど)を時々取り入れる、加熱調理が中心でも腸内細菌の変換能に期待しつつ多様な植物性食品を食べる——この程度の現実的な習慣が、研究の射程と矛盾しない範囲の示唆である。変換効率には大きな個人差があることも、忘れてはならない。
出典
- Liou CS, Sirk SJ, Diaz CAC, Klein AP, Fischer CR, Higginbottom SK, Erez A, Donia MS, Sonnenburg JL, Sattely ES. “A Metabolic Pathway for Activation of Dietary Glucosinolates by a Human Gut Symbiont.” Cell. 2020;180(4):717-728.e19. DOI: 10.1016/j.cell.2020.01.023 / PMID: 32084341
よくある質問
- ブロッコリーを食べれば誰でもスルフォラファンを得られますか?
- 必ずしも同じ量とは限りません。生で噛んだ場合は植物自身の酵素ミロシナーゼが働きますが、加熱調理するとこの酵素は失活します。その場合、前駆体グルコシノレートを活性型に変えられるかどうかは腸内細菌の構成に左右されるとされます。本研究はその変換を担う細菌と遺伝子を特定したもので、変換効率には個人差が大きいことが知られています。研究は仕組みを示す段階にあります。
- グルコシノレートとスルフォラファンは何が違うのですか?
- グルコシノレートはアブラナ科野菜に含まれる「前駆体」で、それ自体は不活性です。これが酵素で分解されると、活性型のイソチオシアネート(代表例がブロッコリー由来のスルフォラファン)に変わります。Liouら2020は、植物の酵素が失活した状況でも腸内細菌Bacteroides thetaiotaomicronがこの変換を担えること、そしてその遺伝子経路を分子レベルで示しました。前駆体を活性物質に橋渡しする役を細菌が果たすイメージです。
- アブラナ科野菜は健康に効くのですか?
- アブラナ科野菜の摂取と一部のがんリスク低下との関連を示す疫学研究はありますが、本研究はあくまで腸内細菌による変換の仕組みを解明したもので、特定の野菜が病気を治す・効くと証明したものではありません。射程は関連と機序の段階にとどまります。ブロッコリー、キャベツ、ケールなどを多様な植物性食品の一つとして日常的に取り入れる、という現実的な位置づけが妥当です。