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微生物が私を作る|ロブ・ナイトの問い

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🎥 元動画: How our microbes make us who we are (Rob Knight) — TED

TL;DR

  • TEDのロブ・ナイト講演「微生物が私という存在を作る」は、ヒトに共生する膨大な微生物の遺伝子の総体(マイクロバイオーム)が、健康や個性に深く関わるとされることを一般向けに語ったものだ。
  • 一次論文をたどると、菌の構成は腸・皮膚・口腔など部位ごとに大きく異なり、しかも健康な人の間ですら大きくばらつくことが確認できる。
  • 腸内細菌は薬の代謝にも関わる可能性があり、「画一的な健康法」より個人差を前提にした視点が研究で重視されつつある。

畑をやっていると、同じ品種を同じ畝に蒔いても育ちが揃わないことがある。日当たり、水はけ、その区画の土に住みついた微生物の顔ぶれ。条件が少し違うだけで、根の張り方も病気の出方も変わる。ロブ・ナイトの講演を見て真っ先に思い出したのは、まさにこの「区画ごとに違う土」の感覚だった。

ロブ・ナイトは何を問いかけたのか

ナイトはマイクロバイオーム研究の中心人物のひとりで、TED講演では、ヒトの体に棲む微生物の遺伝子の総体が健康に大きな役割を果たすとされること、そしてその構成が人ごとに大きく違うことを語っている。「微生物が私という存在を作る」というタイトルは挑発的だが、要は「あなたを形づくっている要素には、あなた自身の細胞だけでなく、共生する微生物も含まれているのではないか」という問いだ。

ここで大事なのは、講演はあくまで研究の入り口だということ。動画の主張をそのまま受け取るのではなく、一次論文で何が確かめられているかを確認していく。畑でいえば、隣の農家の経験談を聞いたら、まず自分の土を掘って確かめるのと同じだ。

部位ごとに違う「体内の地図」

最初に裏が取れたのは、菌の構成が体の部位ごとに大きく異なるという主張だ。ヒトマイクロバイオームプロジェクト(HMP)が2012年にNatureで発表した解析では、健康なボランティアの15〜18の体の部位からサンプルを集め、口腔・皮膚・腸・鼻などで菌の顔ぶれがまったく違うことを示した(HMP Consortium 2012)。

興味深いのは、同じ部位どうしを比べても、人と人の間で構成が大きくばらつく点だ。論文は、菌そのものの構成は個人間で大きく変わる一方で、それらが担う代謝の働き(代謝パスウェイ)は個人間で比較的安定していたと報告している。

これは畑の土とよく似ている。区画ごとに優占する微生物の種類は違っても、「窒素を回す」「有機物を分解する」といった機能の役割分担は、どの区画でも似たように成立する。メンバーは違うのに、果たす仕事は揃う。 土を耕すように腸を観るなら、菌の名前を一つひとつ覚えるより、どんな機能が回っているかを見るほうが本質に近い。

腸内細菌は薬の効き方にも関わる

動画では、腸内細菌の構成が薬の効き方や代謝の個人差に関わる可能性も論じられている。これも一次論文で確認できた。2019年にNatureに掲載されたZimmermannらの研究は、76種のヒト腸内細菌が271種の経口薬をどう代謝するかを系統的に調べ、多くの薬が菌によって化学的に変化させられること、そして菌の構成の個人差が薬の代謝の個人差につながりうることを示した(Zimmermann et al. 2019)。

これは重い意味を持つ。同じ薬を同じ量だけ飲んでも、腸に住む菌の顔ぶれ次第で体内で起きる化学反応が変わりうる、ということだからだ。土壌に喩えるなら、同じ肥料を撒いても、その土の微生物相によって作物に届く形が変わるのに近い。肥料そのものより、それを変換する土の側が効き目を左右する。

ただし誤解しないでほしい。これは「腸内細菌を整えれば薬が効くようになる」という話ではない。臨床応用はまだ研究段階で、断定はできない。確かなのは、薬の個人差を考えるうえで腸内細菌という変数を無視できなくなってきた、という研究の方向性だ。

自分の菌の傾向を知る入口として、腸内フローラ検査【マイキンソー】のような家庭用検査を使う人も増えている。検査でわかるのはあくまで構成の概要であって診断ではないが、食生活を見直すきっかけにはなる。

American Gut Projectが見せた「食の多様性」

ナイト自身が立ち上げに関わったAmerican Gut Projectは、市民参加型で大規模に腸内細菌を調べたプロジェクトだ。2018年にmSystemsで発表された最初の主要成果(McDonald et al. 2018)では、食べる植物の種類が多い人ほど、腸内細菌の多様性が高い傾向が示された。具体的には、週に30種類以上の植物を食べるグループは、10種類以下のグループより菌の多様性が高かったと報告されている。

これは畑の輪作と同じ発想だ。単一の作物だけを作り続けると土の微生物相は痩せていくが、多様な作物を回すと土の微生物も豊かになる。腸も同じで、単一栽培化した食卓は、単一栽培化した腸を育てる。 プレバイオティクスを一種類だけ大量に摂るより、多様な植物性食品を少しずつ回すほうが理にかなう、という研究上の示唆だ。

ナイト自身がこのテーマを一般向けに書いた『Follow Your Gut』(ロブ・ナイト著)は、こうした研究の背景を知るうえで読みやすい入門書になっている。

「画一的でない」をどう日常に落とすか

ここまでの一次論文を並べると、ひとつの方向が見えてくる。腸内細菌は部位ごと・人ごとに大きく異なり、薬の代謝にまで影響しうる。だとすれば、「万人に効く唯一の腸活」という発想自体が、土の現実に合っていない。

では何をすればいいのか。研究から無理なく言えるのは、植物性食品の種類を増やすこと、抗生物質の不要な使用を避けること、そして自分の状態を一律の正解に当てはめないことだ。American Gut Projectでは抗生物質を使った人の菌の多様性が低かったことも報告されており、菌の多様性は壊れやすい資源でもある。

サプリでの補い方を検討する場合も、乳酸菌・ビフィズス菌サプリ(楽天)のような製品は「これさえ飲めば」ではなく、多様な食事を土台にした上での一要素として位置づけるのが、研究の文脈に沿った使い方だ。

畑の話に戻る。良い農家は、隣の畑のやり方をそのまま真似ない。自分の土を掘り、その区画に合うやり方を探す。腸も同じだ。ロブ・ナイトの講演が突きつけているのは、「あなたの腸はあなただけの区画だ」という、当たり前で、しかし見落としがちな事実なのだと思う。


出典

  • Human Microbiome Project Consortium. 2012. “Structure, function and diversity of the healthy human microbiome.” Nature 486(7402): 207–214. DOI: 10.1038/nature11234
  • McDonald, D., Hyde, E., Debelius, J. W., et al. 2018. “American Gut: an Open Platform for Citizen Science Microbiome Research.” mSystems 3(3): e00031-18. DOI: 10.1128/mSystems.00031-18
  • Zimmermann, M., Zimmermann-Kogadeeva, M., Wegmann, R., & Goodman, A. L. 2019. “Mapping human microbiome drug metabolism by gut bacteria and their genes.” Nature 570(7762): 462–467. DOI: 10.1038/s41586-019-1291-3

元動画

🔬 この記事に登場する研究者: ロブ・ナイトの経歴と主要業績(研究者名鑑)→

よくある質問

腸内フローラ検査を受ければ自分の体質がわかりますか?
現状の検査でわかるのは、ある時点での菌の構成の概要です。American Gut Projectの研究では食物繊維の多様な摂取と菌の多様性に相関が示されていますが、検査結果から疾患を診断したり食事を断定的に処方できる段階ではありません。傾向を知り、食生活を見直すきっかけとして使うのが現実的な位置づけです。
腸内細菌は人によってそんなに違うものですか?
違います。ヒトマイクロバイオームプロジェクトの解析では、同じ口の中どうしを比べても、健康な人の間で菌の構成が大きくばらつくことが示されました。さらに腸・皮膚・口腔など部位ごとの差も大きく、人によって、また体の場所によって、棲む微生物の顔ぶれが大きく異なるとされています。
なぜ同じ薬でも効き方に個人差が出るのですか?
理由は複数ありますが、腸内細菌もその一因と考えられています。2019年のNature掲載研究では、腸内細菌が多くの経口薬を化学的に変化させうること、そして菌の構成の個人差が薬の代謝の個人差につながりうることが報告されました。ただし臨床への応用はまだ研究段階で、断定的な結論は出ていません。

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