抗生物質を飲み終えたあと、なんだかお腹の調子が以前と違う——そんな感覚を言語化したのが、消化器内科医ロビン・チャトカンの議論だ。
TL;DR チャトカンは「Live Dirty, Eat Clean(汚れて暮らし、清く食べる)」を掲げ、過度な清潔と単調な食が腸内生態系を痩せさせると論じる。抗生物質後は多様性が損なわれやすく、その「再野生化(立て直し)」が課題になる。一次論文を当たると、半年後も戻らない常在菌の存在や、多様な植物食と腸内多様性の関連が確認できる。痩せた畑を堆肥と輪作で耕し直すように、腸も多様な植物繊維で育て直すという発想だ。
なぜ腸は「単一栽培の畑」になってしまうのか
畑を長く同じ作物だけで回すと、土の微生物がやせ細り、病害が出やすくなる。チャトカンが現代の腸に見ているのは、これとよく似た光景だ。
彼女の標語「Live Dirty, Eat Clean」は、二つの方向を同時に指す。ひとつは、過剰な除菌・抗菌で微生物との接触を断ちすぎないこと。もうひとつは、加工度の高い単調な食を、自然な多様性のある食に戻すこと。土壌でいえば、土に触れる機会を残しつつ、単一栽培をやめるという話に対応する。
この「微生物との接触が減ると不調が増える」という見立ての源流には、疫学者デヴィッド・ストローンが1989年に提示した衛生仮説がある。彼は大家族の子ほど花粉症が少ないことを観察し、幼少期の微生物曝露が免疫の発達に関わる可能性を指摘した(Strachan 1989)。チャトカンの議論は、この古典的な仮説を腸内生態系の文脈に引き直したものと読める。
抗生物質は畑から何を奪うのか
抗生物質は、害虫を一掃する強力な農薬にたとえられる。標的だけでなく、土を支えていた有用菌まで巻き添えにする。
ここは動画の主張を鵜呑みにせず、一次論文で確かめたい。健常成人12人に最終手段級の抗生物質(メロペネム・ゲンタマイシン・バンコマイシン)を4日間投与した研究では、腸内細菌叢は約1.5カ月でおおむね元の構成に近づいた。だが、投与前に全員が持っていた常在菌のうち9種は、180日後も多くの被験者で検出されないままだった(Palleja et al. 2018)。
つまり、見かけの回復力は高いが、いた種が静かに抜け落ちることがある。畑でいえば、収量は戻っても、いなくなった在来種の昆虫や菌が戻ってこない状態だ。チャトカンが「再野生化が必要だ」と言うのは、この空白を放置しないという意味に受け取れる。
なお念のため、抗生物質は感染症治療に欠かせない薬であり、自己判断での拒否や中断はかえって危険だ。ここで扱うのは、あくまで使用後の腸をどう育て直すかという話に限られる。
「再野生化」を畑仕事として読み替える
では、痩せた区画に多様性をどう戻すか。畑なら答えははっきりしている。輪作とカバークロップで作物の種類を増やし、堆肥で微生物の餌を入れる。腸でこの「餌」にあたるのが、植物由来の多様な繊維だ。
大規模な市民科学プロジェクト「American Gut Project」(参加者1万人超、サンプル約1.5万)では、週に30種類を超える植物を食べる人は、10種類以下の人より腸内細菌の多様性が高い傾向が報告された(McDonald et al. 2018)。菌ごとに分解できる繊維の種類が違うため、食べる植物の幅が広いほど、養える菌の幅も広がると考えられている。
ここで重要なのは「量」ではなく「種類」だという点だ。同じ野菜を毎日大量に食べるより、少量でも品目を散らすほうが、多様な菌を養う設計に近い。多品目の堆肥が多様な土壌微生物を育てるのと、まったく同じ論理である。
何を「30種」に数えるか — 畑の品目で考える
30種と聞くと身構えるが、畑の出荷品目を思い浮かべると現実的になる。野菜・果物だけでなく、豆類、全粒の穀物、種実類、ハーブ・香辛料まで、植物であればすべて1種に数える。
たとえばコーヒー一杯、味噌の大豆、薬味のネギ、ふりかけのごま、おやつのナッツ——日常の端々に植物は潜んでいる。新しく何かを足すより、すでに食べているものの種類を数え直すほうが近道になることが多い。
これは輪作の発想に近い。同じ畝でも、季節ごとに違う科の作物を回せば、土の負担は分散し、関わる微生物の顔ぶれも変わる。腸でも、週単位・季節単位で品目を入れ替えていく感覚が役に立つ。
過信は禁物 — 「育てる」と「治す」は違う
最後に線を引いておきたい。ここまでの話は、腸内生態系の多様性を「育てる」考え方であって、特定の病気が「治る」という主張ではない。
引用した研究の多くは関連を示す観察データや少人数の介入で、因果や万人への効果を保証するものではない。畑でも、多様性のある土が必ず豊作を約束しないのと同じだ。多様性は土台を整える条件であって、結果そのものではない。
体調に明らかな不安があるとき、抗生物質の使用に迷うときは、自己流の「腸活」より先に医療者へ相談してほしい。畑仕事も、無理に手を入れず観察に徹するべき時期がある。腸も同じだ。
ひとこと(畑の視点で)
読者: 抗生物質を飲んだあと、ヨーグルトを大量に食べれば元に戻りますか?
土井: 気持ちは分かりますが、一品を大量に、より「種類を散らす」ほうが筋がいいです。畑でいえば、堆肥を一カ所に山盛りにしても、土全体は肥えませんから。
読者: では何から始めればいいでしょう。
土井: まず今週食べた植物を数えてみてください。たいてい思ったより少ない。そこに豆や種実、香味野菜を少しずつ足すだけで、畝の顔ぶれは変わります。慌てて新しい菌を「入れる」より、いる菌を「養う」発想です。
読者: 焦らなくていいんですね。
土井: ええ。土も腸も、立て直しは一晩では効きません。種類を増やして、あとは待つ。畑の時間で付き合うのが結局いちばん早いです。
元動画
- チャンネル: Fat-Burning Man (Abel James)
- タイトル: Dr. Robynne Chutkan: Rewilding Your Microbiome, How to Recover from Antibiotics, & High Octane Poop
- URL: https://www.youtube.com/watch?v=oaAxEa7ZqEk
ロビン・チャトカンはジョージタウン大学病院の消化器内科医で、『Gutbliss』『The Microbiome Solution』などの著者。本記事は同動画での発言を起点に、主張を一次論文で裏取りし、土壌↔腸のアナロジーで再構成したものです。
出典
- Palleja, A., Mikkelsen, K. H., Forslund, S. K., et al. (2018). Recovery of gut microbiota of healthy adults following antibiotic exposure. Nature Microbiology, 3(11), 1255–1265. DOI: 10.1038/s41564-018-0257-9
- McDonald, D., Hyde, E., Debelius, J. W., et al. (2018). American Gut: an Open Platform for Citizen Science Microbiome Research. mSystems, 3(3), e00031-18. DOI: 10.1128/mSystems.00031-18
- Strachan, D. P. (1989). Hay fever, hygiene, and household size. BMJ, 299(6710), 1259–1260. DOI: 10.1136/bmj.299.6710.1259
よくある質問
- 抗生物質を飲むと腸内細菌は元に戻らないのですか?
- 完全に元通りとは限らない、というのが現時点の知見です。健常成人12人に最終手段級の抗生物質を4日間投与した研究では、腸内細菌叢はおおむね回復したものの、投与前に全員が持っていた常在菌のうち9種が、180日後も多くの人で検出されなくなったと報告されています(Palleja et al. 2018)。 これは畑から特定の作物が消え、空いた区画に雑草が入り込んだ状態に似ています。全体の見かけは戻っても、いた種が抜け落ちることがあるのです。 抗生物質は感染症治療に不可欠で、自己判断での中断や拒否はリスクを伴います。気になる点は処方医に相談してください。
- 「再野生化(rewilding)」とは具体的に何をすることですか?
- チャトカンの文脈では、過度に殺菌された環境と単調な食で痩せた腸内生態系に、多様性を取り戻す発想を指します。具体策として、多様な植物性食品をとる、過剰な抗菌・除菌を見直す、自然や土に触れる機会を持つ、といった行動が語られます。 畑でいえば、単一栽培で疲れた土に輪作とカバークロップで多様性を戻す作業に近いです。一気に何かを足すより、種類を増やすのが軸になります。 ただし「再野生化すれば病気が治る」といった主張は確立していません。あくまで生態系の多様性を育てるという考え方です。
- 多様な植物を食べると本当に腸内細菌は増えるのですか?
- 大規模な市民科学プロジェクト「American Gut Project」では、週に30種類を超える植物を食べる人は、10種類以下の人より腸内細菌の多様性が高い傾向が報告されました(McDonald et al. 2018)。 菌ごとに分解できる繊維が違うため、食べる植物の種類が多いほど、養える菌の種類も増えると考えられています。多品目の堆肥が多様な土壌微生物を養うのと同じ理屈です。 これは観察研究で示された関連であり、誰でも同じ結果になると保証するものではありません。食事は全体のバランスの中で考えてください。