TL;DR
食物繊維は腸内細菌の餌であり、これが乏しい西洋型の食事は腸内多様性を痩せ細らせる要因とされる。スタンフォードのエリカ・ソネンバーグらの研究では、低繊維食を続けたマウスで多様性が世代をまたいで回復不能なほど失われた。多様な植物と発酵食品は、腸という畑を肥やす最も動かしやすい「てこ」になりうる。
なぜ食事が腸の「てこ」になるのか
エリカ・ソネンバーグはスタンフォード大学医学部 微生物学・免疫学部門の上級研究員で、食事が腸内細菌に与える影響を研究し、夫のジャスティンとの共著『The Good Gut』を世に出している。Project Baseline(Verily)の2020年秋の公開講義で彼女が立てた問いはシンプルだ。「腸内微生物を変える、最も手に取りやすいレバーは何か」。答えは食事だった。
遺伝子は変えられない。生まれ育った環境も巻き戻せない。だが、明日の食卓に何を載せるかは選べる。これが「てこ(lever)」という比喩の核心だ。小さな力点に毎日体重をかけ続ければ、腸という大きな生態系が動く。
畑をやっていると、この感覚はよくわかる。土の性質そのものを一夜で変えることはできない。だが、何を鋤き込むか、どんな緑肥を入れるかは毎シーズン選べる。その積み重ねが、数年がかりで土を変える。腸も同じで、一食で激変はしないが、選択の累積が効いてくる。
食物繊維は腸内細菌の「堆肥」である
ソネンバーグらが鍵に据えるのが MAC(microbiota-accessible carbohydrates=微生物が利用可能な炭水化物)という概念だ。食物繊維の中でも、ヒトの消化酵素では分解できず腸内細菌が餌として使える成分を指す。2014年のCell Metabolism論文で彼女らは、MACが乏しい西洋型の食生活が、伝統的な暮らしを送る集団と比べて腸内細菌の構成と機能を変質させてきたと論じている(Sonnenburg & Sonnenburg, 2014)。
ここで土↔腸のアナロジーがそのまま通る。畑の微生物は有機物という餌があってこそ増える。堆肥や緑肥を絶やせば、分解者の層が薄くなり、土はやがて痩せる。腸内細菌にとってのMACは、まさにこの堆肥にあたる。餌を絶てば、繊維を分解する菌から順に居場所を失っていく。
「単一栽培化した腸」という表現がしっくりくる。手軽で繊維の少ない食品ばかりが続くと、腸内では特定の菌だけが残り、多様性という土壌の厚みが失われていく。
多様性が痩せると何が起きるのか
ソネンバーグらの最も有名な実験が、2016年のNature論文だ(Sonnenburg ED et al., 2016)。ヒト由来の腸内細菌を無菌マウスに移植し、高繊維食群と低繊維食群に分けて飼育した。低繊維食の群では多様性が下がっただけでなく、世代を重ねるうちに失われた菌種が累積し、第4世代までに当初の種の3分の2以上が回復不能なほど消えてしまった。
注意したいのは、これがマウスの実験である点だ。ヒトでそのまま同じ程度に起こると断定はできない。それでも、ここから引き出せる比喩は強い。畑で輪作をやめ単一作物を作り続けると、その作物に依存する病害が溜まり、特定の有用菌が地中から消えていく。一度失った土壌微生物は、種を蒔き直すだけでは簡単には戻らない。同論文でも、繊維を再投与しただけでは多様性は十分に戻らず、別個体からの腸内細菌の移植を併用してようやく回復しうる例が示されている。土壌に欠けた菌を「客土」で足すのに似ている。
接触の減少という、もう一つの貧困
講義でソネンバーグが触れるのは食事だけではない。過度な抗菌、不要な抗生物質、そして自然由来の微生物との接触不足も、腸内生態系を貧しくしうると指摘されている。MACの欠乏が「餌の貧困」なら、こちらは「入植者の貧困」だ。餌が十分でも、そもそも腸に住み着く菌の供給源が細れば、多様性は積み上がらない。
畑で言えば、土を消毒しすぎたり、外界から微生物が流れ込む経路を断ったりすると、土壌生態系は単調になる。健全な土は、周囲の植生・水・有機物を通じて絶えず微生物を受け取っている。腸もまた、食べ物・環境・他者との接触を通じて菌を受け取る開いた系だ。閉じすぎた腸は、痩せた畑に似る。
では、土を肥やすように腸を肥やすには
ソネンバーグらは2021年、共同研究者のクリストファー・ガードナーらとともにヒト試験の結果をCellに報告した(Wastyk, Sonnenburg, Gardner et al., 2021)。健康な成人を高繊維食群と発酵食品群に分けたところ、発酵食品(ヨーグルト、ケフィア、キムチ、発酵野菜、コンブチャなど)を増やした群で腸内細菌の多様性が上がり、19種の炎症関連タンパク質が低下したと報告されている。
ここから読める実践は、誇張なくこうだ。一つの「効く食品」を探すより、多様な植物と発酵食品で腸の食卓を豊かにする。これは畑の輪作と緑肥そのものだ。違う科の作物を回し、土に多様な有機物を返す。腸でも、違う種類の繊維と多様な発酵食品が、それぞれ別の菌の餌・苗床になる。
ただし、体質や持病によって合う食事は異なる。発酵食品や急な高繊維食が合わない人もいる。不調があるときは自己判断で押し切らず、医療者に相談してほしい。土づくりに「万能の一手」がないのと同じで、腸も自分の畑を観察しながら少しずつ整えるのが筋がいい。
ひとこと(畑の視点で)
「先生、結局いちばん大事なのは何種類食べるか、ってこと?」
「種類は効くよ。ただ、本質は『餌を絶やさない』ことだと俺は読んでる。畑で堆肥を切らすと、数年かけて土が痩せる。腸のMACもそれと同じで、毎日少しずつ餌をやり続けるのが効くんだ」
「一発逆転の食材はない、と」
「ないね。輪作と緑肥に近道がないのと同じさ。違う繊維、違う発酵食品を回す。土を耕すように、腸を耕す。それだけだよ」
元動画
- チャンネル: Project Baseline(Verily)
- タイトル: Diet as a Lever to Improve Your Microbiome and Health — 2020 Virtual Fall Lecture(エリカ・ソネンバーグ)
- URL: https://www.youtube.com/watch?v=s3MZjgtvEQ8
出典
- Sonnenburg, E.D. & Sonnenburg, J.L. (2014). Starving our Microbial Self: The Deleterious Consequences of a Diet Deficient in Microbiota-Accessible Carbohydrates. Cell Metabolism. DOI: 10.1016/j.cmet.2014.07.003
- Sonnenburg, E.D., Smits, S.A., Tikhonov, M., Higginbottom, S.K., Wingreen, N.S. & Sonnenburg, J.L. (2016). Diet-induced extinctions in the gut microbiota compound over generations. Nature. DOI: 10.1038/nature16504
- Wastyk, H.C., Fragiadakis, G.K., … Gardner, C.D., Sonnenburg, E.D. & Sonnenburg, J.L. (2021). Gut-microbiota-targeted diets modulate human immune status. Cell. DOI: 10.1016/j.cell.2021.06.019
よくある質問
- 食物繊維はなぜ腸内細菌にとって重要なのですか?
- 食物繊維のうち腸内細菌が分解・利用できる成分はMAC(微生物が利用可能な炭水化物)と呼ばれ、これが腸内細菌の主要な餌になる。 餌が乏しいと、繊維を分解できる細菌が増えにくくなり、腸内の種の豊かさ(多様性)が下がる傾向が研究で示されている。 畑で堆肥が尽きると土壌微生物が痩せるのと同じで、腸も「餌」を絶やすと生態系が貧しくなりうる、という考え方が基盤にある。
- 低繊維の食生活を続けると腸内多様性は元に戻らなくなるのですか?
- ソネンバーグらのマウス研究では、低繊維食を世代をまたいで続けると失われた菌種が回復しにくくなったと報告されている。 ただしこれはマウスの実験結果であり、ヒトでそのまま同じ程度に起こると断定はできない点に注意が必要だ。 同研究では繊維の再投与に加え、別個体からの腸内細菌の移植を併用すると多様性が回復しうる例も示されている。
- 腸内多様性を高めるには何から始めればよいですか?
- 一つの食材に偏らず、野菜・豆・全粒・種実・海藻など多様な植物性食品を増やすことが多様性と関連するとされる。 ヒト試験では、ヨーグルトやキムチなどの発酵食品を増やした群で腸内多様性が上がり炎症指標が下がったと報告がある。 体質や持病により合う食事は異なるため、不調がある場合は自己判断せず医療者に相談するのが安全だ。