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産業化が腸内細菌を痩せさせた — Sonnenburg 2019

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Sonnenburg 夫妻が Nature Reviews Microbiology 2019 にまとめたレビュー。産業化社会に暮らす人々の腸内細菌叢は、狩猟採集民や非産業化社会の人々、さらに考古学的に復元された古代ヒトの便と比べて系統的な多様性が低く、特定の菌が広く失われている。食物繊維(MAC)の不足、抗生物質、帝王切開、加工食品などが複合的に作用したと考えられ、この『失われた多様性』が現代の慢性疾患と関連する可能性を提起している。

TL;DR

  • 産業化社会の腸内細菌叢は、非産業化社会の人々や古代ヒトの便(考古学的に復元)と比べて系統的な多様性が低い
  • 失われたのはランダムな菌ではなく、繊維分解に関わる系統など特定のグループが広く脱落している。
  • 主因と考えられるのは、食物繊維(MAC)不足・抗生物質・帝王切開・加工食品・衛生環境の変化の複合作用
  • この『失われた多様性』が、産業化社会で増えた慢性炎症性・代謝性疾患と関連する可能性が提起されている(因果は未確定)。
  • 個人の食事改善で多様性をある程度維持・部分回復できる一方、広く失われた系統の完全復元は難しいとされる。

畑をやっていると、化学肥料と単一栽培を数十年続けた土には、堆肥を入れてもすぐには微生物の多様性が戻らないと感じます。「やせた土」は栄養が足りないだけでなく、そこに住む生き物の顔ぶれそのものが痩せている。腐植を作る菌、窒素を回す菌、病原菌を抑える菌——本来そこにいたはずの専門家たちが、いつの間にか欠けている。

腸でも同じことが、しかも人類史のスケールで起きている、というのが Sonnenburg 夫妻による 2019 年のレビュー The ancestral and industrialized gut microbiota and implications for human health(Nature Reviews Microbiology)の主張です。産業化した社会に住む私たちの腸内細菌叢は、伝統的な暮らしを続ける人々や、古代のヒトの腸に比べて、顔ぶれが痩せている。本稿はこの「やせた腸」という見方を読み解きます。

原著: Sonnenburg, E.D., & Sonnenburg, J.L. The ancestral and industrialized gut microbiota and implications for human health. Nature Reviews Microbiology 17, 383–390 (2019). DOI: 10.1038/s41579-019-0191-8

なぜこのレビューが重要か

Sonnenburg 研究室はこのテーマを長く追ってきました。マウスで繊維不足が世代を超えて菌を絶滅させること(Sonnenburg 2016)、ハッザ族の腸が季節で入れ替わること(Smits 2017)、大規模市民科学で植物の種類が多い人ほど多様性が高いこと(McDonald 2018)——個別の論文が積み上がってきました。

2019 年のこのレビューは、それらの断片を 「産業化(industrialization)が腸内細菌叢の構成を作り変えた」という一つの物語に束ねた 総説です。個々の研究結果ではなく、分野全体の見取り図を示す位置づけにあります。だからこそ、このテーマを一本で掴みたいときの入口になります。

「祖先型」と「産業化型」という二つの腸

レビューの中心にあるのは、腸内細菌叢を ancestral(祖先型)industrialized(産業化型) という二つの極で捉える視点です。

  • 祖先型: 狩猟採集民や、伝統的な農耕・遊牧を続ける非産業化社会の人々に見られる細菌叢。多様性が高く、産業化社会ではほぼ消えた菌属(Prevotella 系統や Treponema など)を含む。
  • 産業化型: 都市的・西洋的なライフスタイルを送る人々の細菌叢。多様性が低く、特定の系統が脱落している。

重要なのは、この差が 連続的なグラデーション として観察される点です。世界各地の集団を並べると、生活様式の産業化の度合いに沿って細菌叢の多様性がなめらかに変化する。つまり「西洋人 vs それ以外」という二分法ではなく、暮らし方の産業化が進むほど腸がやせていく勾配 が見える、というのがレビューの読みどころです。

失われたのは「ランダムな菌」ではない

多様性が下がると聞くと、菌がまんべんなく減ったように思えます。しかしレビューが強調するのは、消えた菌には偏りがある という点です。

産業化社会で広く脱落しているのは、複雑な植物多糖(食物繊維)の分解に関わる系統や、伝統社会で普遍的に見られた特定の菌グループです。これは畑の比喩がそのまま効きます。やせた土から最初に消えるのは、難しい有機物を分解する専門家たち です。落ち葉やセルロースのような分解しにくいものを担う微生物がいなくなると、土はますます「分解の幅」を失う。

腸でも、繊維という難しい基質を扱える菌が消えると、残った菌叢はより単純な栄養(糖・脂質)に依存した構成へと偏っていく。レビューはこの 機能的な偏りこそが問題の核心かもしれない と示唆します。単に種類が減っただけでなく、生態系として扱える仕事の幅が狭まった わけです。

何が腸をやせさせたのか

レビューは、産業化型への移行を一つの原因では説明していません。複数の要因の複合作用 として整理しています。

  • 食物繊維(MAC)の不足: 産業化された食事は精製炭水化物が中心で、菌のエサになる微生物アクセス可能炭水化物(Microbiota-Accessible Carbohydrate)が少ない。
  • 抗生物質: 治療・畜産を通じた曝露が、菌叢を直接削る。
  • 帝王切開での出産: 産道を経由しないことで、新生児への菌の初期伝播が変わる。
  • 加工食品・食品添加物: 乳化剤などが菌叢や粘液層に影響しうる。
  • 衛生環境の変化: 環境微生物との接触機会の減少。

これらが世代を重ねて累積した結果が、現代の産業化型細菌叢だ——というのがレビューの描く因果の見取り図です。注意したいのは、どれか一つが主犯と断定されているわけではない こと。複数要因の相互作用として理解するのが、本レビューの立場です。

「失われた多様性」は健康にどう関わるのか

ここが最もデリケートな部分です。レビューは、産業化型細菌叢への移行と、産業化社会で増えた慢性疾患(炎症性腸疾患、肥満、アレルギー、代謝性疾患など)の増加が 時期的に重なる ことを指摘します。

ただし著者らは慎重です。これは 相関・関連の段階 であり、「多様性が低いから病気になる」という因果が証明されたわけではありません。本レビューが提起するのは、失われた多様性が現代病の一因である可能性 という仮説であって、断定ではない。Loam としても、ここは「研究段階の関連」として射程をはっきりさせて扱います。

それでも、この仮説には実践的な含意があります。もし多様性の維持が健康の土台に関わるなら、日々の食事で菌のエサ(繊維)を払い続けること には意味がある、という方向です。レビューは終盤で、多様な植物性食品や発酵食品が、今ある多様性を保つ手立てになりうると論じています。

土壌のアナロジー

産業型農業の歴史は、腸の産業化と驚くほど似ています。

化学肥料と単一栽培、土壌くん蒸——20 世紀の農業は収量を劇的に上げた一方で、土壌微生物の多様性を削ってきた。やせた土から最初に消えるのは、難分解性の有機物を扱う専門家たちです。残った微生物相は、外から与えられる化学肥料(=単純な栄養)に依存した、幅の狭い構成へと偏っていく。これは産業化型の腸が、繊維を扱える菌を失い、単純な糖・脂質に依存した構成へ偏るのと同じ構図です。

そして再生のしにくさも共通します。やせた土に堆肥を一度入れても、かつての多様な土壌生物がそのまま復活するわけではない。多様性は壊すより取り戻す方がはるかに難しい。Sonnenburg 夫妻が腸について言うのも、まさにこれです——広く失われた系統の完全復元は難しい。

だからこそ、農家が「土を切らさない」発想で堆肥や緑肥を毎年入れ続けるように、腸も毎日繊維と発酵食品を入れ続けることに意味がある。一度の大改革ではなく、やせさせない日々の積み立て。土を耕すように、腸を耕す。このレビューは、その実践に科学的な根拠を与えてくれる一本です。

出典

  • Sonnenburg, E.D., & Sonnenburg, J.L. (2019). The ancestral and industrialized gut microbiota and implications for human health. Nature Reviews Microbiology, 17(6), 383–390. DOI: 10.1038/s41579-019-0191-8 / PMID: 31089293
  • Sonnenburg, E.D., et al. (2016). Diet-induced extinctions in the gut microbiota compound over generations. Nature, 529, 212–215. DOI: 10.1038/nature16504
  • Smits, S.A., et al. (2017). Seasonal cycling in the gut microbiome of the Hadza hunter-gatherers of Tanzania. Science, 357, 802–806. DOI: 10.1126/science.aan4834

よくある質問

産業化社会の腸内細菌叢は『劣っている』のですか?
本レビューは『劣っている』とは断定していません。示しているのは、産業化社会の腸内細菌叢が伝統的な暮らしの人々や古代ヒトと比べて多様性が低く、特定の系統が失われているという観察事実です。それが健康にどう影響するかは関連の段階であり、因果は今後の縦断研究を待つ必要があります。ただし著者らは、慢性炎症性疾患の増加と時期が重なることから、失われた多様性が一因である可能性を懸念として提起しています。断定ではなく仮説として受け止めるのが慎重な読み方です。
一度失った菌は取り戻せますか?
本レビューは、産業化社会で広く失われた菌系統の一部は、現代の食事や生活では再定着しにくい可能性を指摘しています。著者ら自身の世代継承マウス実験(2016年)では、繊維不足を続けると一部の菌が再定着しなくなる現象が見られました。一方で、多様な食物繊維と発酵食品の日常的な摂取は、今ある菌叢の多様性を維持・部分回復させる方向に働くとされます。完全な復元を狙うより『これ以上失わない』発想が、現時点で現実的なスタンスと考えられます。
繊維を増やせば産業化以前の腸に戻れますか?
戻れるとは言えません。本レビューが示すのは、繊維(MAC)不足が多様性低下の主要因の一つだという点であり、繊維単独で解決するという主張ではありません。抗生物質の使用、帝王切開での出産、加工食品、衛生環境の変化など複数の要因が複合的に関与したとされます。したがって繊維摂取は重要な打ち手ですが、それだけで産業化以前の状態に復元できるわけではない、というのが本レビューの立場です。多様な植物食・発酵食品を含む生活全体の設計として捉えるのが妥当です。

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