ティム・スペクター:腸内細菌を育てる食の多様性
TL;DR
- 英ロイヤル研究所の講演でティム・スペクター教授が示したのは「腸内細菌の多様性こそ食事の質の指標」という視点。
- 週30種以上の植物を食べる人は10種以下の人より腸内細菌が多様という大規模市民科学データがある。
- 同じ食品でも血糖反応は人それぞれ。「万人に効く健康食」という前提自体が揺らいでいる。
- 畑で土の微生物を多様に保つほど作物が強くなるように、腸も「多様性を養う食べ方」で育てる。
有機農家として畑に立っていると、よく分かることがある。単一の作物を同じ畑で作り続けた土はやせ、病気に弱くなる。逆に多様な植物が根を張り、落ち葉や堆肥が絶えず入る土は、菌や微小動物がにぎやかで、作物が自分で立ち直る力を持つ。土壌生態学ではこれを「機能的多様性」と呼ぶ。
腸でも同じ問いが立てられている。ロンドン・キングスカレッジの遺伝疫学者ティム・スペクター教授が英ロイヤル研究所(The Royal Institution)の講演で語ったのは、まさにこの「腸という土壌をどう耕すか」という話だった。本稿では講演の主張を、すべて一次論文(DOI付き)で裏取りしながらQ&A形式で読み解く。
Q1. 腸内細菌の「多様性」は、なぜそんなに重視されるのか
スペクター教授が主導したPREDICT研究の大規模解析では、1,098人の腸内細菌を深層メタゲノム解析し、習慣的な食事と数百種の血中マーカーを突き合わせた。その結果、腸内細菌の組成が代謝性疾患のバイオマーカーと結びついており、その関連は遺伝よりも強い場合があると報告されている(Asnicar, Berry, Spector et al. 2021)。
ここで誤解してはいけないのは、「多様性が高いこと自体がゴール」ではない、という点だ。畑でも、雑草を含めてただ種類が多ければ良いわけではない。短鎖脂肪酸を作る菌のように「土を肥やす働き者」がきちんと住み着いているかが本質だ。多様性は、そういう有益な菌が共存できる豊かな土壌の「結果として現れる指標」と捉えるのが科学的に誠実な読み方とされる。
Q2. 「同じものを食べても太り方が違う」は本当か
PREDICT 1研究(1,002人の双子・一般成人)では、まったく同一の食事を摂っても、食後の血中中性脂肪は103%、血糖は68%、インスリンは59%もの個人差が出た(Berry, Valdes, Spector et al. 2020)。さらに、食後の脂質反応では遺伝(0.8%)よりも腸内細菌(7.1%)のほうが大きく寄与していた。
これは農家の実感とも重なる。同じ肥料を撒いても、畑ごと、区画ごとに作物の出来が違う。土の中の微生物相と物理性が違うからだ。人の身体も同じで、「この食材は健康に良い/悪い」という一律のラベルが、必ずしも自分の腸には当てはまらない。だからこそ、自分の身体の反応を観察する視点が要る——血糖測定や腸内細菌検査が注目される理由はここにある。自分の畑の土を一度きちんと調べてみるように、まず現状を知りたい人は腸内フローラ検査【マイキンソー】
のような検査で出発点を把握するのも一つの手だ。
Q3. 「週30種の植物」という数字の根拠は
スペクター教授がよく引くのが、世界最大級の市民科学プロジェクト「American Gut Project」のデータだ。1万人超の腸内細菌を解析した結果、週に30種類以上の植物性食品を食べる人は、10種以下の人に比べて腸内細菌の多様性が有意に高い傾向にあった(McDonald, Hyde, Knight et al. 2018)。
注意したいのは、これは観察研究であり、「30種食べれば必ず多様になる」という因果の保証ではないこと。とはいえ方向性は明快だ。植物の種類が増えるほど、菌が餌にできる食物繊維やポリフェノールの「種類」も増える。畑にたとえれば、単一栽培の土ではなく、緑肥を何種も混播した土に近づくイメージだ。
「植物」には野菜・果物だけでなく、豆類、全粒穀物、ナッツ、種子、ハーブ、スパイスも含まれる。雑穀ごはん、五目煮、ミックスナッツ、数種のハーブを足すだけで数は稼げる。繊維量を底上げしたい日には高純度イヌリン(機能性表示食品)
を補助に使う手もあるが、あくまで多様な食材の代わりではなく、土が足りない畝に堆肥を入れるような「補い」として位置づけるのが筋だとされる。
Q4. 超加工食品は腸にどう関係するのか
超加工食品(UPF)の多い食生活は、腸内細菌叢の多様性低下と関連すると複数の研究で報告されている。たとえば過体重・メタボリックシンドロームの高齢者を対象にした研究では、UPF摂取量が多い群ほど微生物の豊かさ・多様性の指標が低い傾向が示された(Atzeni et al. 2022)。
これも土の話と重なる。除草剤と単一肥料だけで回す畑は、一見すると作物が育つが、土壌微生物の多様性は痩せていく。超加工食品は熱量や添加物は十分でも、菌が好む食物繊維やポリフェノールの「種類」が乏しい。腸という土壌に入れる「堆肥の質」が落ちている状態、と言い換えてもいい。ただしこれらは関連を示す観察研究が中心で、UPFが直接多様性を下げると断定するにはさらなる検証が必要とされる点は押さえておきたい。
Q5. 発酵食品と食物繊維、どちらを増やすべきか
スタンフォード大学の無作為化試験(健康な成人36人)は、この問いに示唆を与える。発酵食品(ヨーグルト、ケフィア、キムチ、発酵野菜、コンブチャ等)を増やした群では腸内細菌の多様性が上がり、19種の炎症性タンパク質が低下した。一方、食物繊維を増やした群では、平均すると多様性に大きな変化は見られなかった(Wastyk, Sonnenburg et al. 2021)。
ここから「繊維は不要」と読むのは早計だ。著者らも、繊維は菌の餌として基盤的に重要だと述べている。農家の感覚で言えば、食物繊維は「土に入れる有機物(餌)」、発酵食品は「種菌・堆肥(生きた微生物の持ち込み)」。どちらか一方では畑は仕上がらない。餌で在来の菌を養い、発酵食品で新しい菌を入れる——両輪で腸という土を耕すのが、現時点での最も無理のない読み方だろう。
Q6. 結局、何から始めればいいのか
スペクター教授の主張を畑のことばで要約すると、こうなる。「単一栽培をやめ、多様な作物を回し、生きた堆肥を入れ、土の反応を観察せよ」。腸に置き換えれば——植物の種類を週単位で数えて増やし、発酵食品を日常に組み込み、超加工食品を主役の座から降ろし、自分の身体の反応を見る。
派手な単品の「スーパーフード」を一つ足すより、食卓全体の生態系を多様にするほうが、土でも腸でも効くというのが一貫した示唆だ。教授自身の一般向け著作(『The Diet Myth(邦題:ダイエットの科学)』や『フード・フォー・ライフ』)は、この考え方を実生活に落とす入口になる。理屈の背景を腰を据えて知りたい人は『ダイエットの科学』(ティム・スペクター/楽天)を一冊手元に置いておくと、日々の選択の軸が定まりやすい。
土を耕すように、腸を耕す。多様性は一日では育たないが、入れた餌の分だけ確実に変わっていく。
出典(一次論文・DOI)
- Asnicar F, Berry SE, Valdes AM, … Spector TD, Segata N. (2021) Microbiome connections with host metabolism and habitual diet from 1,098 deeply phenotyped individuals. Nature Medicine 27, 321–332. DOI: 10.1038/s41591-020-01183-8
- Berry SE, Valdes AM, … Spector TD. (2020) Human postprandial responses to food and potential for precision nutrition. Nature Medicine 26, 964–973. DOI: 10.1038/s41591-020-0934-0
- McDonald D, Hyde E, … Knight R. (2018) American Gut: an Open Platform for Citizen Science Microbiome Research. mSystems 3(3):e00031-18. DOI: 10.1128/msystems.00031-18
- Wastyk HC, Fragiadakis GK, … Gardner CD, Sonnenburg JL. (2021) Gut-microbiota-targeted diets modulate human immune status. Cell 184(16):4137–4153. DOI: 10.1016/j.cell.2021.06.019
- Atzeni A, et al. (2022) Association between ultra-processed food consumption and gut microbiota in senior subjects with overweight/obesity and metabolic syndrome. Frontiers in Nutrition 9:976547. DOI: 10.3389/fnut.2022.976547
元動画
- チャンネル: The Royal Institution
- タイトル: What Role Does our Microbiome Play in a Healthy Diet? - with Tim Spector
- URL: https://www.youtube.com/watch?v=-LUuqxQSaFQ
本記事は上記動画を起点に、編集部が一次論文を独自に確認して再構成した解説です。健康状態に不安がある場合や持病・服薬がある場合は、食事の大幅な変更前に医療専門職へご相談ください。
🔬 この記事に登場する研究者: ティム・スペクターの経歴と主要業績(研究者名鑑)→
よくある質問
- 腸内細菌の多様性が高いと本当に健康に良いのですか?
- 多様性が高い人ほど代謝・炎症関連の血中マーカーが良好な傾向にあると複数の観察研究で報告されています。ただしこれは関連であって因果の証明ではなく、多様性そのものが目標というより、有益な菌が働ける食環境を整えた結果として現れる指標と捉えるのが妥当とされます。
- 週に30種類の植物を食べるのは現実的ですか?
- 野菜・果物だけでなく、豆・全粒穀物・ナッツ・種子・ハーブ・スパイスも1種として数えます。雑穀ごはん、具だくさんの味噌汁、ミックスナッツ、数種のハーブを使うだけでも種類は増えます。完璧を目指すより、毎食1〜2種を上乗せする意識で十分近づけるとされています。
- 同じものを食べても血糖の上がり方が人によって違うのはなぜですか?
- PREDICT研究では、同一の食事に対する食後の血糖・中性脂肪の反応に大きな個人差があり、腸内細菌叢・睡眠・運動・食事のタイミングなどが影響することが示されました。万人に最適な単一の健康食は存在しにくく、自分の身体の反応を観察する視点が重要とされています。
- 発酵食品と食物繊維、どちらを優先すべきですか?
- ある無作為化試験では、発酵食品を増やした群で腸内細菌の多様性が上がり炎症マーカーが下がった一方、食物繊維を増やした群では多様性に大きな変化が見られませんでした。両者は役割が異なるため、どちらか一方ではなく、繊維で菌を養い発酵食品で菌を入れる両輪が現実的とされています。